3 古井戸の底(4) [DQ4-1]

3 古井戸の底(4)


 通路の広さは変わらないが、湿り気のために、空気は手で掻く気分けるほどに重たく感じられるようになってきた。
 古井戸の底の壁は、もはや人の手によって建造されたものというよりも、自然の洞窟をほぼそのまま利用したものらしく思われた。時には天井からしたたってくる水滴が額を濡らした。長年の浸食にすべすべになるまですり減った床は、湿ってもいるために、滑りやすく、よく足許に気を配っていないと危なくて仕方なかった。
 1歩1歩に気を配れば、自然と会話は乏しくなった。互いに無言で進みうちに、ライアンは、鈍く歪んだ声を聞いたような気がして、耳をすませた。遠く、低く、唸る様に歌う様に。さっきのライアンを誘った謎の声らしいが、何者かが、叫び続けているようだ。女の声か、男の声か。とにかくこの世のものではない怪物の声か。
 だが、気のせい、幻聴かもしれない。
 それにしては、次第に強まっているようでもあるのだが。
 ライアンは顔をしかめ、後ろを行くホイミンの青いからだを思い浮べた。何も聞こえないのか。あるいはその音が何であるかとっくに知っているのか、ホイミンは頓着せず、飄々と後ろからついてくる。
 ・・・・・・罠かもしれない。こいつは、無邪気そうな顔をして、わたしを戻ることの出来ん恐ろしい場所に、連れて行こうとしているかもしれない。
 胸の奥に兆した疑いに唆されて、ライアンはそろそろと鉄のやりの柄に手をかけようとした。いつでも、抜けるように、握っておこうとして。
 その途端に、ホイミンが言った。
「この先です。あと、左と右に曲ったら、終点だよ」
 ライアンは「そうか。いよいよか」と慌てて手を戻した。
 壁は突き当り、左に曲ると真直ぐな廊下に出た。ホイミンの言った通り右に曲った途端、水の音が聞こえてきた。さわさわと、ひたひたと。なんのことはない。さっきから気にかかっていた不気味な音は、不思議な声とともにこれがどこかに反響したものだったのだろう。ライアンは納得した。
 やっと、古井戸の底の果に到着した。
 そこは城でいえばちょっとした広間ほどの空間だった。
 残った壁伝いに中央に続く床以外、一面を水が覆い、時のかすかな流れそのものの様な波紋をキラキラと揺蕩わせる。それは、すごくゆっくりと流れているのだった。
 よく見れば、壁は殆真横の縞を成している。何らかの理由で、断切られ、ずれた地層そのものであるらしい。真の水源地に発する水、あるいは天から滲み込んだ雨が、硬い地層に阻まれて走出し、ここに来て自由になるものらしかった。
 通路は壁のこちら側から、対岸にあたる方向に、鈎の手に折れ曲がって続き、そこで終わっている。ただし、向うの壁のほぼ中央から、湛えられた水のなかほどにかけて、大勢のひとが通ることの出きるほどの太い路が延びていて、その先が広くなり、何かが・・・・・・たぶん、小さな櫃のようなものが置かれている。
 ライアンはそこに進んだ。ホイミンも急ぎ、ついていった。
 水上の通路は、ここまでの床と同じ材質で出来ていた。ライアンの足許に、波は静かに打ち寄せ、僅かに飛沫をあげては、どこへともなく吸込まれてゆく。
 ライアン考えを膨らませた。
 ここは、たぶん、神聖な場所なのだろう。遠い昔、古井戸を作った人々は、この神秘の場所に訪れては、何ごとかを願い、あるいは誓ったのかもしれない。とにかく古井戸の底の中でも1番不思議な力が集まっていそうな場所だった。
 櫃の前でホイミンは振返り、少しばかりおごそかな声を作って言った。
「靴って、これのことだと思います」
 ライアンは膝をつき、櫃を開けてのぞき込んだ。それは朽果て、崩れ掛けている。どうも誰かが抉じ開けたらしい跡もあった。胸の高鳴りを堪え乍ら、絹の様な布を捲ると、一揃いの靴があった。
 ホイミンが、「空飛ぶ○○○です。昔ぼくが空を飛んでみたかったころの、憧れていたものなんだ。これは、昔とある街で不治の病で寝たきりになってしまった子供の夢が造り出したものなんです・・・・・・って言うか、もともと、夢の中にしか存在しないものなんですよ。だから、こうして、ある特別な方法で靴にすると、現実でもとても便利に使える。昔の時とはちょっと使い方が変わってしまったけど、一瞬のうちにこの靴の縁のあるところまで連れて行ってくれるんですから」ライアンには最後だけ聞取れないし、発音することも出来ない名前を告げた。
 ライアンが「これは別の存在だと。靴ではない?」と驚くと、ホイミンが「勿論。この世界ではこんな形に見えますけど、元の世界では、もとのままなんですからね」とうなずいた。
 ライアンは「全く、魔法ってやつは・・・・・・!めちゃくちゃもいいところだ。わたしにはとうてい理解できん」と顔を顰めた。
「でも、ぼくと一緒に旅したひとたちは、ちゃんと理解して、使いこなしていたんですよ」
「おおかた、それだからこそ滅びてしまったんだろう」
「そうかなぁ?」
 名を呼ぶことの出来ぬものは、この世の何ものにも似ていなかった。二対の虹色の翅のような2つの突起物を有し、足の甲の部分のはじに2つ描かれた青の縁取りと緑の丸の中に描かれた赤い小さな丸は目に、つま先部分を保護している木材とその下の青色がそれぞれ鼻と嘴と口に見える。まるで鳥を現しているかのようなデザインで、靴全体の色は灰色だった。ひょっとしたら靴全体でもとの世界の存在の素材などを現しているのかもしれない。
 靴を手に入れたライアンは、ホイミンと一緒に古井戸から脱出することにした。地下1階へ戻り、最初の分岐点に向かう。その時、もうあの声は聞こえなくなっていた。ただし1度だけ、最初の分岐点に戻って道を曲った時、声が空飛ぶ靴から聞こえた。
「そっちへ行くと帰っちゃうよ・・・・・・」
「今の声、聞いた?」
 ホイミンにも声が聞こえたようだ。
「この声の主を知っているか?」
 ライアンはずっと疑問に思っていたことを尋ねた。
「これはぼくの予想だけど、この古井戸の底に住む、妖精さん・・・・・・いやその靴を創造した子供の声だと思うんだ。恥ずかしがりだから、声だけで、きっと姿は現さないんだよ」
 ホイミンにも詳しくはわからないようだったが、何となくライアンは納得した。
 帰っちゃうという道の先には大きな穴があいていて、ライアンとホイミンは穴に飛び込んだ。その先の階段をのぼると小さな地下室になっていて、その階段も上ると古井戸を管理していたであろう崩れた小屋に出た。
 ライアンとホイミンは古井戸から離れ、森を出た。森に入ったときは日が暮れかけていたが、既に夜が明け、朝日がのぼり始めていた。改めて空飛ぶ靴を見る。
 靴ではないものを『履く』だと?
 ライアンはゾッとしたが、今は好き嫌いを言っている場合ではない。
「よし」
 ライアンは立上った。
「試してみよう」
「はい」
 素直に返事をするホイミンに、ライアンは、ふと、尋ねてみたくなった。
「わたしがやってもいいか。そなた、試してみたことはないか?」
 ホイミンは「だって。どの足に履けばいいか、わかんないし・・・・・・ぼくの足に足りるほどの数、ないし」ともじもじと項垂れた。
「なるほど。それでは、わたしがやってみる」
 ライアンが靴の片方に足を入れると、景色はゆがみ、からだの中を奇妙な魔法的な感触が駆抜けた。予感につかれて、彼は叫んだ。
「わたしにつかまれ!早く。しっかりと!」
 ホイミンは7つの足をライアンの腕に、「はいっ。つかまりましたっ」ふたつを腰に、ふたつを頸に巻付け、絡み付かせた。
「ぐぐっ、ばかっ。これでは・・・・・・ぐはっ、息ができんっ!」
「ごめんなさい」
「・・・・・・よし。行くぞ、ホイミン!」
 もう片方の靴を履いた。
 ライアンはたちまち脳の芯に鋭い痛みを覚えて、思わずまぶたを閉じた。痛みはすぐに消えた。目を開くと、あたりは一変していた。最初に目に入ったのは、青い空、目映いひざしに照らされた硬いレリーフの施された石の床。古井戸の闇の中のような場所ではなく、一息に青空のもとに連れて来られたらしい。肌は陽光を直接に感じた。
 彼らの上には空があった。古めかしい、塔の、頂上部分に降り立っていたのだ。

あとがき
というわけで、ホイミン登場です。
それ以外にも、今回は独自の内容にしてみました。
古井戸の底で聞こえる声の謎や4のホイミンの正体、空飛ぶ靴のモデルとか。
次回は湖の塔。
やっぱりあんな展開です・・・。
※次回は7月1日更新予定です。
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