2章ー2 テンペ(1) [DQ4-1]
2章ー2 テンペ(1)
宿屋についたのは深夜だった。宿屋の小さな食堂は、居酒屋をも兼ねているらしい。3人が宿屋の主人に案内されてかなり遅い夕食の席に着いた時、あたりは1日の仕事を終えた男女でいっぱいだった。だが大勢の人間が集まっているにしては、ここは奇妙に寂れている。
部屋には大きな燭台が1本燻り、テーブル一つ一つには、ちびた蝋燭が灯っている。床は所々埃がたまり、掃除も行き届いていない。そこら中に人々はいるが、隅では酔い潰れたものが伸びているあり様。残りの人々は背を丸め、項垂れる様にして、汚い椅子にひっそりと座っている。中にはひそひそ声で話をしているものもあったが、多くはただ無言だった。
クリフトは蝋燭の具合を確めたが、「何だか暗いですね」勿論、少しも明るくはならなかった。
「飲めば陽気になるものばかりじゃないわ。此の辺のひとたちの性格なのよ」
アリーナは肩を竦め、早速出されたものにパク付きはじめた。
「よろしいか、我等がおるはここ」
ブライはテーブルに粗末な小さい地図を広げた。
「テンペという山村で御座います」
アリーナは「サントハイムの大陸って随分広いのねえ。もう半分くらいは来たかと思ったのに、まだそんなにあんの?やれやれ・・・・・・私一人なら、もうちょっと早く行けるのに」とバターのついた指をねぶった。
ブライは「ご一緒して、ほんとうに、ようございました。姫様は、地理等なんにも御存知ないではありませんか。あのまま、ただ闇雲に我武者羅に、とても険しい東の山脈に踏み惑われていたならば、今頃は間違いなく、餓死、凍死、転落死、あるいは山中のモンスターどもに喰らわれて、御隠れ遊ばしておられるはず」と取合わない。
「ちぇっ。私だけなら、あんな山如き、へーきのへーざで越えられたわよ。それにさ、なによ、じゃあ、海を行くって手だってあったんじゃない。ほら、どこかで船を出せば、どんどん東に行けたでしょ。足を棒にして歩くほうを選んだのはなんでなのよ。どうせ、じいは、旅費をケチろうと考えたんでしょ」
「はっ。海のことなど、何もご存じないくせに」
ブライは嗤い乍ら地図をしまった。
「王家で召し抱える様な船を想像なさってはなりませんぞ。このあたりで手に入るようなのは、どうせ、海賊めいた漁師どもの怪しげな舟。ちょっと海が荒れればバラバラになりかねませんし。うら若い少女を見れば、よこしまな考えを起こすものもありましょう。大海原のただ中で、荒くれ船員らと渡り合えるとお思いか?」
アリーナは、「女だなんて思われなかったらいいのよ。一かい揉んでやれば、ナメられやしないわ。・・・・・・ちょっと、おじさんっ。ごはんよ。頂戴!なくなっちゃった」飲物を啜り乍ら、どかりと片足をもう一方の腿に載せてみせた。
ブライもクリフトも目配せをし合い、そっと溜息をついた。
みすぼらしい青いマントも、皮の鎧も、アリーナの若々しい肉体を隠すというよりは、むしろ妖しく際立たせてしまう。化粧もせず、髪もろくに梳かなくとも、眉濃く、生き生きと瞳輝く凛々しい顔立ちは、どうにも誤魔化し様がない。何もせずにこれ程であれば、まともに装えばどんなにか美しくなるだろうと、かえって他人の期待をそそってしまう。口調は年相応で、その声も喋り方も、どんなに作っても、男のそれとは違っている。
行く先々で、通りすがりのものたちに、あの美少女は何者だろうと興味津々囁き交されていることに、彼女はほんとうに少しも気付いていないのだろうか。それとも、ただ、知らぬふりをしているだけなのだろうか。
今も、そこら中から、警戒とも憎しみとも好奇ともつかぬ視線が、アリーナ一人に集まっているというのに、まるで頓着していないようだ。店中の注目を意識していないはずはない。それを跳ね返そうとして、わざと、殊更に乱暴に無作法に振舞っているのかもしれない。
どうしても戦いたいならもう少し頭を使ってくれれば、と、ブライもクリフトも考えていた。
いっその事、剣など持ったことなどない、大人しい少女のふりをしていてくれたほうがよほど安全というもの。戦いなどろくに知らないような顔をすれば、相手は油断する。万一争いになった時には、そこにつけ込んで勝という方法だってあるものを。長旅の途中に、あえてイザコザを求めるなど、愚かもいいところなのだが。
アリーナは聞く耳を持たない。そうすると、「私を卑怯者にしたいの!だって、退屈なんだもん。喧嘩ぐらいいいじゃない。腕試し」ムキになるか無邪気に笑って言い包め様とするか、何方かばかり。ここに来るまでにも、道端で出あったキリキリバッタやスライムベスを、ことごとく、なまじ気楽に叩きのめしてしまったものだから、その高い鼻はなかなか折れそうにない。
長楊枝をはすに咥え、テーブルを叩いて傲慢そうに主人を呼んでいる。当人が自覚しているよりも随分とあどけない顔を見れば、老魔法使いも神官も、ただただ、溜息ばかりが洩れてしまう。
彼らには手に取る様にわかる。姫は、しかし、不安なのだ。この場が気に入らないのだ。はやっているという噂の店にもかかわらず、妙に重苦しい沈黙が落ちている不気味さに、たまらず、大声などを出してみせている。
姫は、モンスターどもを相手にしているほうが、人間とかかわり合うよりも得意なようなところがある。
だが、主人は忙しく走り回っていて、なかなか、食事はやって来ない。
「ちょっと。おじさぁん。早くしてよ。待ちくたびれちゃうっ!!」
あたり構わず罵る少女に呆れて、とうとう近くの席にいた頬髯の男が呟いた。
「うるせぇガキだ」
アリーナは「なんですって。誰か何か言った」と気色ばんだ。待ち兼ねたように。
「アリーナ様っ」
「これ!」
クリフトもブライも、慌ててテーブルの下で取り押さえようとしたが、互いに互いの手をひしと掴んでしまっただけ。アリーナは芝居がかった仕種で立上り、呟き声を洩らした男のそばに行って、その顔を見下し乍ら、腰の聖なるナイフにさり気無く手をかけた。
「何か言ったのは、あなたなの?」
男は不承不承目を開け、唇を捻じ曲げ乍ら、ああ、と暗い声で答えた。
「気に障ったらすまねぇ。面倒を起こす気はなかった。ただ、俺たちは、静かに飲みてえんだ。わかってくれ」
アリーナは「静かに!そう。それは、悪かったわね。私にとっては、ここはあんまり静かすぎて、何だか御通夜みたいなものだから。ねえ、少し位朗らかにやろうって気はないの」と嗤った。
男は目をそらし、「通夜、か。そうとも、テンペは通夜だ。3週間前からな。ここは呪われし村なのだ」皮肉な微笑を浮かべた。
アリーナは「どういうこと」と表情を変えた。
男は答えない。アリーナは部屋中を見回した。村の男女は、みなさっと目を伏せ、顔をそむけるばかりだ。アリーナは眉をしかめ、問い掛けるように、ブライとクリフトに向直った。ブライは肩を竦めた。
そこに、主人が、おずおずと食事を持ってやって来た。
アリーナは無言のまま席につき、強い視線で亭主を見た。
主人は頭を振り、「後程・・・・・・お部屋にうかがいます」小声で言った。
(続く)
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