3 廃墟(1) [DQ2上]

3 廃墟(1)


 かくして、ローラの門を通過してから16時間後、通過から翌日の昼過ぎのこと。
 前方のなだらかな丘の上に、教会の尖塔が見え、その丘を勢い良く登りきると、目の前の谷間に、城壁の一部に囲まれた美しいムーンペタの街並みが広がっていた。
 ムーンブルクの商業都市と呼ばれる街で、125年ほど前まではムーンブルク城の要塞であったが、その後ムーンブルク地方の経済や文化の中心的な街として栄えてきた、ムーンブルク1の都市だ。
 そして、フォルグ王の命令を受けたフォルグ王の遠縁にあたる魔法使いと、教会の神父、街の代表者の3人が、政治を司り、ムーンブルク城直属の魔法使い部隊を中心にして、街は守られてきたのだ。
 この地方の中心として、商品や物資を運ぶ旅人で街は賑わい、「人と人とが出会う街」という二つ名でも呼ばれていた。
 昔、ローレシアをこっそり抜け出した勇者の末の娘が、やはり当時お忍びで来ていたムーンブルクの王子に出会って一目ぼれしたのもこの街だったといわれている。
 城壁の門に着くと、警備についていたムーンブルク軍の魔法使いたちが、すぐにアルスとカインを取り調べた。
 だが、身元がわかると魔法使いたちはさっと顔色を変え、横柄な態度を一変させて、城門の中に招き入れると、報告を受けた30代半ばの魔法使いが慌てて飛んできて、2人をフォルグ王の遠縁に当たる魔法使いの館へ案内した。
 通りの角の空き地には、大勢の人たちがたむろしていた。男もいれば、老婆もいる。赤子を抱えた女や、子供たちもいる。それは、異様な光景だった。
 魔法使いの説明によれば、ムーンブルク城から、そのまま逃げてきた難民たちだという。
 その数はすでに予想を超え、この街の人口の3分の1にもなろうとしていたのだ。
 難民たちは、街の教会などの、さまざまな施設に収容されているのだが、今は何もすることがないので、暇をもてあましているのだという。
 そして、ムーンブルク城が壊滅してから17日になろうとしている今なお、数多くの難民たちが助けを求めて、毎日ムーンペタに来ていて、最終的にその数がどれくらいになるのかは、想像すらつかないのだという。
 また、今は魔法使いたちと街の有志で結成された魔法使いたちの半分の人数の自警団が街の警備に当たっているが、近いうちにこの難民たちから今の魔法使いたちぐらいの人数の兵士を募集して警備をさらに強化することになっている、とも説明してくれた。
 街の北東にある教会の前には、さらに多くの難民たちがたむろしていた。
 教会の近くまで行くと、北西の目の前の丘に、魔法使いの館が見えてきた。
 かつて要塞の城が置かれていたあとが、そのまま館として使われているのだ。
 ローレシア王城やサマルトリア王城とは比べようもないほど小規模だが、荘厳な館は、さすがに歴史の重みを感じさせるものがあった。
 警備の魔法使いたちが館の門を開け、2人が案内してくれた魔法使いに続いて中に入ろうとしたときだった。
「くーん、くーん」
 突然、門の外にいた子犬が2人に寄ってきた。
「しっしっ!あっちへ行け!」
 魔法使いは、子犬を追い払おうとしたが、「くーん、くーん」子犬は立ち止まると2人に向かってなおも鳴き続けた。
「ええいっ!うるさい奴だ!アッチへ行かんかっ!」
 魔法使いは、杖を振り回して子犬を追い払うと、「昨日からこのあたりでうろついて困っているんですよ。どーせ、難民たちと一緒にどこからか流れてきたんでしょう」そういいながら警備の魔法使いたちに門を閉じさせた。
 本館の客間に現れた当主の魔法使いは、小柄で痩せていたが、元気だった。この魔法使いこそ、ムーンブルクに8年ほど仕え、ムーンブルクの襲撃の際、魔物に恐れをなして逃げ出してしまった魔法使いその人だった。彼はムーンブルクの危機に備えて自分の息子をリリザに住む姉の下に預けていて、アルスもカインもリリザでその2人にあったことがあった。つまり、この魔法使いは、今のところあの時ムーンブルクにいた人物の中でたった一人の生き残りである。
 アルスとカインは、さっそくムーンブルク城の様子を尋ねた。
 『ムーンブルク城壊滅・ムーンブルクのフォルグ国王以下全員討死』の報告をそれぞれの王城で聞いただけで、具体的なことは何もわかっていなかった。そのときはまだすべてが想像の域を出ていなかったからだ。
「自分が恥ずかしい!私はあまりの恐ろしさに城から逃げ出したんです。今頃ムーンブルクの城は・・・・・・。ああナナ王女殿下っ!実は・・・・・・」
 魔法使いは、顔を曇らせると、「私たちにもあれ以来はっきりしたことがわかりませぬので、このムーンペタで特別隊を編成してムーンブルク城に派遣したんですよ。その特別隊が、5時間前に戻ってきたんですが・・・・・・」と、言って大きくため息をついて、肩を落とした。
「城は・・・・・・あまりにもすさまじい惨状のようでしてね。いたるところに、無数の屍が転がっていたそうです。城の者たちは、魔物や獣に肉を喰いちぎられたり、腐敗したりして、魔法使いなのかメイドなのかも、判別できぬほどだったそうです・・・・・・」
「じゃあ、フォルグ国王陛下たちはやっぱり!?」
 さっそくカインが聞いた。
「・・・・・・」
 魔法使いは、今にも泣き出しそうな顔で、力なくうなずいた。
「城の中庭の屍のそばに、陛下の王錫と王冠が落ちてたそうです・・・・・・。やはり、この私は逃げずに戦うべきだった・・・・・・。これまで生きてきて、まさかこのようなことになるとは・・・・・・」
「じゃあ、ムーンブルクの王女は!?そのナナ王女は!?」
 今度はアルスが聞いた。
 魔法使いは、黙って首を横に振った。
「でも!」
 アルスは詰め寄った。
「もしかしたら、どっかに隠れているかも知れないじゃないか!助けが来るのを待ってるかも知れないじゃないか!」
「私もそう願いたい・・・・・・。だが、そのような気配はまったくなかったそうです」
「そんな!もう一度よく調べようぜ!」
「いや、残念だが、今は手の施しようがありませぬ。それに、今はこの街を守るだけで精一杯なんです。あれ以来・・・・・・ハーゴン配下の魔物の群れの動きが静かだが、私にはどうしても奴らに見張られているような気がしてなりませぬ。ひょっとしたら、この街の警備が手薄になるのを待っているのかも知れませぬ・・・・・・。とにかく、何としてもこの街だけは守らなければなりませぬ。そして、いつの日か、陛下のためにもムーンブルク城を再建せねばなりませぬ。それが、残されたこの私の最後の役目でありせめてもの償いです!それまではこの私は今度こそどうしても死ぬわけにはいきませぬ・・・・・・!」
 いつの間にか、魔法使いの目に大粒の涙が浮かんでいた。
 その涙を見て、アルスはそれ以上言うのをやめた。
 その夜、2人は、魔法使いの厚いもてなしを受けた。
 この日の夕食は、ムーンペタ風燻製鶏ハムと温野菜のサラダ、鶏肉のトマト煮、チキンカツに粉吹き芋添え、洋梨や林檎などの果物といった、この地方の郷土料理がたくさん並んだ。
 緊張下において、コレだけの料理を用意するのは大変なことだということは、あまり物事を考えない単純でバカなアルスにも良くわかった。
 2人は、何とか精一杯もてなそうとする魔法使いの気持ちに感謝した。
 そして、久しぶりに柔らかなベッドで、翌日の昼近くまで死んだようにぐっすり眠ると、魔法使いに見送られて、ムーンペタの街を出発した。
 魔法使いはこの街の南西の方向にあるムーンブルク城に行っても無駄だといって反対したが、アルスとカインの決意は変わらなかった。
 どうしても、自分の目で確かめなければ気がすまない。
 また、街で新しく装備を手に入れた。昨日のホイミスライム戦その他で、ここに来るまでの間に2人の装備のいくつかは使い物にならなくなってしまったからだ。カインは武器を鉄の槍に変え、アルスは鋼鉄の剣と鎧、盾のセットを装備することにした。
 鋼鉄の鎧は鋼鉄製のプレートを重ね合わせ、全身を防御できるように設計された本格的な鎧で戦士なアルスにちょうどよい。また、鋼鉄の盾は厚みのある鋼鉄の板から、切り出された盾だ。つなぎ目のない一体成型で、相当な重さゆえ、力のあるアルス向きの品である。そして、鋼鉄の剣はさまざまな武器の使い方になれたアルスの中でも、特に剣術の得意なアルスにふさわしい武器といえる。
 街の城門を出ようとすると、2人は昨日の子犬が必死に追いかけてくるのに気がついた。
 2人は、どちらからともなく足を止めると、子犬はいきなりカインに飛びついて、しきりにカインの顔を舐め始めた。
「ずいぶん人懐っこいやつですね。だけど君を連れて行くわけにはいかないんですよ」
 カインは、そういって子犬の頭をなでると、「よし行くぞ!」アルスがいい、2人は勢いよく走り出した。
 子犬はまた、必死に2人を追った。
 だが、どんどん2人との距離が離れていく。
 やがて、2人の姿が遥かかなたに消えると、子犬は追うのをあきらめた。
 そして、哀しそうな声で遠吠えをした。
「アオ―ン」
(続く)

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ともちん

犬が・・・主人公たちはまだ知らないとはいえ
とってももどかしくて、先が気になる場面ですね。
by ともちん (2012-06-03 03:02) 

あばれスピア

ともちんさん
こんばんは。
返事ちょっと遅くなりました。
このときは、さすがにまだ2人とも犬のことに気がつきません。
気がつくのはもうちょっと先のことです。
by あばれスピア (2012-06-03 23:26) 

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