2章ー5 エンドール(3) [DQ4-1]

2章ー5 エンドール(3)

 大臣の案内で、城内から、選手控えの間への廊下を進んだ。
「アリーナ姫様ですね。優勝をお祈りしています」
 入り口の兵士がコロシアムの控室に通してくれた。控室に入ると人々のざわめきが聞こえ、コロシアムの試合場への階段が近づくと、おもての華やかな興奮が伝わってきた。対して、選手らとその世話をやくものたちばかりの行き交う控室の空気は、どこかしら、重苦しく、沈鬱であった。大臣はそうそうに立去った。
 そこかしこに、出場前の選手が散ばって、あるいは拳を固め、壁を見詰、あるいは頭を抱えて何か考え込んでいる。椅子に座って、仲間にからだを揉み解させている者、故郷から持ってきたのか、大事そうに手紙を読んでいる者、銅像のようなものを取り出して祈りを捧げている者、勿論、武器をせっせと磨いている者もある。
「よいしょ。洗物が多くて大変!あの、デスピサロってひと、あたしはどうも好きになれないわ」
「あら、どうして?強いじゃない。カッコいいじゃない」
 選手らの食事の皿を洗いながら、娘らが、囁き交している。
「だって、情け容赦がなさすぎるわよ。負けと決まった相手をわざわざ殺すなんて、残酷だわ。あんな人が、次の国王陛下になるなんてイヤだわ!姫殿下も、可愛そうだわね、御気の毒に」
「けど、やっぱり、戦う男の人って素敵よ。生命掛けでこそ、勝負よ。ああっ、あの刺激が堪らない・・・・・・早く交替の時間が来ないかなぁ。姫殿下このままだと、デスピサロって人と結婚させられるんじゃないかしら」
「大丈夫。きっと、陛下は、すご腕の選手を隠してるのよ。最後の最後に盛上げる為に。悪役デスピサロを倒し、モニカ姫殿下をその腕に抱く栄光の選手!どんなひとかしらねぇ・・・・・・美形だといいんだけど」
 娘の1人がチラリと控室にやってきたアリーナを見て、器用にウインクしてみせた。
 ブライが「見たところ出場者はむさ苦しい男どもばかりではないですか!姫君が出場など・・・・・・ぶつぶつ」と出場者たちを見て言った。
 アリーナは微笑んだ。これから命がけの試合になるかもしれないのに緊張すらしていない。やっと大きな舞台で戦える楽しみの方が上のようだ。
 クリフトはせっせと薬草を選り分けて、「姫、いいですか、これが傷薬、これが精神安定の薬。こっちは、肉体疲労時の栄養補給です。どれも3つずつ全部で9つです。みんな、速効性があるものにしましたからね。まずいなと思ったら、すぐ使ってくださいよ」アリーナの手に載せてゆく。
 アリーナはうつろな目のまま、うるさそうに頭をうなずかせた。
 クリフトは「何か・・・・・・飲物でも貰って来ましょうか?」とそっと尋ねた。
「うん。そうね。お願い」
 クリフトが立上ると、アリーナは吐息を洩らし、からだをよく伸ばして、大会に備えてストレッチを始めた。
 ・・・・・・これがまた、悪魔のように強いんですが・・・・・・それは不気味な男・・・・・・5人もの選手が、瞬きするほどの間に殺されてしまいました・・・・・・。
 大臣のことばが耳の奥に谺する。
 鬼でもデスピサロでも、どーんと来いよ!ますます戦ってみたくなったわ・・・・・・!
 ふと、目の前が暗くなったような気がした。視線をずらすと、バカでかい足が見えた。アリーナは顔をあげた。
 乱ぐい歯を見せて、「あんたが、噂の御姫様か。あんたも、出場するんかい?」荒くれの武道家の大男が笑っている。
「あなたは?」
 現れた男は、「ハン、ミスターハンだ。そこ、いいか」アリーナの隣にどすんと腰をおろした。反動で、アリーナのからだは飛上ってしまった。
 ハンは、筋肉に、重い疲労が滲んでいる。アリーナの怪訝そうな眼差しを受けると、ハンは、唇をひくつかせた。
 と、「ここに来る前、恐ろしい話を聞いちまってな。フレノール周辺に眠っていたという呪われた品のゆくえだ」ハンは言った。
 と、「黄金の腕輪か」ブライ。
 その名を聞くのもごめんだとでも言うかのように、「ああ」ハンは巨大なからだをぞくりと震わせた。
 クリフトも飲物を持って戻ってきた。
 ハンの話はこうだった。黒装束の男たちは、南方の別の大陸の謎の人物に大金で頼まれてあれを手に入れようとしていたらしい。あの後彼らは海に出て、船で南に向う予定のはずだった。
 しかし偶然通りかかった砂漠のバザーの商人たちは、黒装束の男たちの死骸が、南の岸辺に打ち捨てられているのを見たという。手足のないもの、耳や鼻のないものなど、なんとも残忍な殺し合いをしたようだ。結局彼らを乗せてゆくはずだった船は、空荷で南に帰って行ったとか。
「その後、あれは、このエンドールに持ち込まれたらしい。噂を確めに来て、それでこの武術大会ってやつを知ったわけだ。・・・・・・なんとか名をあげて、ここの国王陛下にでも雇入れてもらえないかと思ったんだが。強いらしいって評判のあんたにあうとはな」
 クリフトが「エンドールに持ち込まれたと?あれが、この街にあるんですか」と聞きとがめた。
 ハンは「よくわかんねぇが、今はたぶん、ねぇな。聞いたところじゃあ、最初は、乞食みたいな婆ぁが、旅の宝石商に100ゴールドで譲ったそうだ。モノの出どころを知られたくないと思い、金貨を惜しんだ宝石商は、婆ぁを括り殺し、そこらの山に放り出した。だが、今度は、その宝石商が、あれの魅力に眼のくらんだ女房に毒を盛られて、くたばった。女房は一緒に逃げようとした若い愛人に刺殺され、その愛人はものの言えないからだになって水路にぷかぷか浮いてたそうだ。あれが、それからどこに行っちまったかは、わからない。ま、噂だから、どこまでほんとうのことか。ともかく、あんたは、あいつらにあれを渡したんだろ?あれに触ったのに死なずにすんだんだから、よほど運のいい方だったと思ってよさそうだ」
 アリーナは「たぶん。私は、あれを自分のものにしようとしなかったところが、他のひと達とは違ったんだわ」と肩を竦めた。
「かもな」
 兵士が来て、「アリーナどの!ミスターハンどの!間も無く第1試合です。お出ましの準備を」呼ばわった。
 アリーナはハンと立上り、顔を見合わせた。
「驚いたわね。私達が、戦うのね」
 ハンは「やっぱりあれの呪いかな。あんたが相手だからって、手加減はしないぜ。何せ、こっちは職がかかってるんだ」と苦笑交じりにアリーナを見下した。
 アリーナは「望ところよ。正々堂々戦いましょうっ!」眉を逆立てた。
 ハンは荷物のところに戻ると、「ああ。・・・・・・そうだ。ちょっと待て」ごそごそと中を掻き回し、何かを取出して持って来た。
「さっき、そこの道具屋で買ったんだが、俺の拳には小さすぎた。お前にやる」
 それは3本の鋭い爪を有した鉄の籠手だった。見るからに獰猛な、接近戦を有利にする武器である。装備して見ると、それはアリーナの手に、ぴたりと吸付いた。手首に、銀色の義手が生えたかのように。
 アリーナは喜んだが、「これはいいわね。あり難いけど・・・・・・これから戦う相手に贈り物をする人がいるの。あなたは素手で戦う気なの」ハンの、おずおずと微笑んだ顔を見上て、困った顔になった。
 ハンは拳に力を込めて、「気にするな。何しろ、俺はこんなだ」腕の筋肉を盛り上げて見せた。
「頼む。使ってくれよ。でなきゃ、お前さんみたいにちっこい、お嬢ちゃん相手に、マジになれねぇ」
「・・・・・・わかったわ」
 その時、兵士がまたやって来て、出場を促した。
 ハンは「じゃ、先に行くぜ」とさっさと出て行った。
「この先が試合場。登ったら最後、後にはひけません。さあ御登り下さい!」
 兵士が案内すると、アリーナたちは、試合場への階段を登った。
 眩しかった。よく晴れた空が広がっている。耳が可笑しくなった。矩形の闘技場の四方の土間席を、そして階段状になった花崗岩のベンチを、立錐の会場もなく埋め尽した観客達が、みな声を嗄らして叫んでいるのだった。
 と、「姫、では私どもはここで応援しています」クリフト。
 と、「御武運をお祈りしていますぞ!」ブライ。
 軽くうなずいて、アリーナは試合場の中央へ進み出た。
「よくぞ来たアリーナ姫!」
 上から声が聞こえた。見れば既に貴賓席に王とモニカが座って試合が始まるのを待っていた。王が言った。
「うむ・・・・・・よくぞ来たアリーナ姫!試合は勝ち抜き戦で5人倒すと決勝戦に出られる!これまで5人を倒し勝ち進んでいるのはまだデスピサロ一人だけ。其方の健闘を祈っておるぞ!では試合開始じゃ!」
 審判の兵士からハンの名が、そして、アリーナの名が呼びあげられると、熱狂はますます高まった。会場正面の小高くなったところに設えられた箱型の貴賓席で、エンドール王とモニカ姫が、懸命に拍手をしてくれているのをアリーナは見た。
 気分が高揚し、それから、水の清む様に沈静していく。
 赤い旗が振り下ろされ、試合開始のドラが鳴る。異国風の体術の構に入るハンの姿が眼に入った時、アリーナはふと、昨夜、聞くともなく聞いていたロレンスのバラードの一節を思いだした。・・・・・・右手に鉄の爪・・・・・・。
 私は勝。
 アリーナは確信した。
 その瞬間、凄まじい絶叫と共に、ハンが突進して来、右手の拳で殴ってきた。
 アリーナは膝を折、両手を頭の上で交差させて、なんなくその攻撃を受止め、反動で相手を弾き飛ばした。ハンは身軽な猿のように空中でからだを回転させて即座に此方に向直ると、様々なパンチを繰出し乍らアリーナを壁際に追詰めた。アリーナはすべての攻撃を寸前で、最も少ない動きでかわし、相手の姿勢が僅かに乱れた隙にその懐に飛込むと、その胸板を肘で打った。無意識のうちに、流れるように右手が出て、鉄の爪がハンのズボンの一部を掻き裂いた。
 一瞬ドキリとしたアリーナの顔に、ハンが早速、パンチを喰らわせた。なんとか避けると、アリーナの茶色の髪が陽光に煌いた。
 両者が間合いを取るために飛び退って離れると、砂塵が舞上った。
 ハンが「バカ野郎、遠慮は無用だと言ったはずだ!」と怒鳴った。
 アリーナが「慣れない武器に戸惑っただけよ!」と叫び返した。
 風が揺れ、髪のひと房が眼にかかった。アリーナが片手でそれを掻き上げた隙に、ハンはジャンプし、猛烈なパンチをアリーナの肩にたたき込もうとした。アリーナはギリギリの刹那に転がって避けた。ハンは地べたに激突してしまい、呻き声を洩らした。アリーナは背後に回って、大男の肩を踏付け、頸動脈の際に、鉄の爪を突付けた。
「・・・・・・勝負あった!」
 声がかかった。
「アリーナ姫さま、1人勝ち抜き!」
 ハンは「・・・・・・ちくしょう。すばしっこいやつだぜ」と笑った。だが、その瞳は、満更でもなさそうに輝いていた。
(続く)

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