2章ー5 エンドール(4) [DQ4-1]

2章ー5 エンドール(4)

 2回戦のクロスボウを使う船乗りの若者ラゴスはアリーナよりも素早い動きで遠方からの攻撃が得意だった。3回戦のバニーガールに女装した怪しげな呪文を駆使するビビアンは強力な呪文を唱えてきたが途中で魔力が尽きてしまった。4回戦の屈強な騎士サイモンは重い鎧で動きが鈍かったが中々タフで力が強く守りも硬かった。だがどれも、アリーナの敵ではなかった。鉄の爪があれば、どんな相手にも負けないからかもしれない。アリーナの胸が喜びに高鳴った時、5人目の相手が現れた。
「次の対戦相手はベロリンマンで御座います!」
 さすがのアリーナも呆気に取られた。そいつは白い毛並みのようなものを纏い、全くふざけた奴、というより魔物そのものだったから。そいつは、腐り掛けた魚のような眼をらんらんと輝かせて、アリーナを見て、ニタリと笑った。少なくとも、笑ったように見えた。アリーナは思わず顔を顰めた。
 敵は試合開始のドラを待たなかった。
 敵は餌を放られた犬のように、嬉しそうにはっはっと荒い息をついた。いやな匂いが漂ってきて、アリーナは目まいがした。見れば、なんと、敵は4匹に分身しているではないか!
 これは。何かの魔術ね・・・・・・!
 頭を振って、何とか幻覚を追払おうとしたが、どうしても焦点が定まらない。しかたなしに、アリーナは適当に1匹を選び、鉄の爪で殴りかかった。手応えはなかった。思いもよらぬところから、殺気が迫った。
 鋭い爪を持つ腕が一閃したかと思うと、アリーナの利き手を襲った。避けようとしたが間に合わず、したたかに背中を打たれて、アリーナは地に転がった。相手はバカにするように赤い舌を腰ほどの高さまでだらりと下げ、そこからだらだらと涎を滴らせた。
 ・・・・・・手強い!
 素早く身構え乍ら、アリーナは唇を噛締めた。いやな匂いがますます強くなる。敵はまた、ぼやけ乍ら増えてゆく。今度は3体ほどに狙いを定めて、横ざまに薙いだ。だめだ。勢い余ってよろけたアリーナの腹を、鈍器のような拳が突上げた。胃液が込上げ、アリーナは嘔吐いた。その背に早速、刃が斬りかかった。マントの一部が斬られ、はためいたのを、アリーナは見た。
 悪臭はもはや耐え難く、肺が焼けるようで、脳がぼんやりと痺れてゆく。手足も気怠く重たい。歓声も、空も、今は酷く遠い。自分とは関わりないところにあるもののように感じられる。
 ベロリンマンの白く毛むくじゃらのからだが、今では、自分の周囲ぐるりをすべて取巻いた壁のように見えるのだ。
 いけない。このままじゃ、負ける・・・・・・!
 アリーナは両足を踏ん張って立ったまま、肩の力を抜いた。その一見無防備な姿に、観客席のあちこちから悲鳴があがった。モニカが王に泣き乍ら中止を訴える声もそこには交っていたが、いずれにしても、アリーナの耳には届かなかった。
 アリーナは、気合の整うのを、待った。
 ギュッとまぶたを閉じ、息を止める。はっはっはっはっ。ただ敵の息遣いにだけ、耳をすませる。
 どこから来る。どこにいる。
 ・・・・・・どれが本物だ??
 網膜の内側に蛍のように飛交っていた残像が、ふいに寄集り、真白い光となって明滅したかと思うと、弾ける様に爆発した。
「・・・・・・そこよぉっ!!」
 アリーナは身を躍らせ、鉄の爪を装備した右腕を叩き付けた。
「ぎゃあっ!!」
 相手の断末魔の声に目を開けたアリーナは、コロシアムの床に倒れて、ひくひくと痙攣している対戦相手を見た。その瞳は今は恐怖に彩られ、アリーナが、ゆっくり1、2歩近づくと、舌の食み出した口を拉げさせて、わけの分からない言葉をキィキィと喚き散らした。
 アリーナは、また1歩前に出た。
 ベロリンマンは啜り泣き、這い乍ら後退りし、どうにかこうにか立上ると、まっしぐらに出口に向かって逃出した。
 静まりかえっていた観客達が、わぁっとどよめいた。
「・・・・・・勝負あった!アリーナ姫さま、5人勝抜き!!」
 審判の兵士が進み出て、ぼうっと突っ立っていたアリーナの片手をつかんで、高々と持上げさせた。
 王が思わず立上った。モニカも、手すりから身を乗出さんばかりにして、両腕を差しのべ、アリーナを祝福した。
 アリーナは重苦しいものを感じた。
 立続けに、5人もの相手をして、それでなくても酷く消耗しているはずだ。戦えと言われれば、勿論、戦うけれども。ただ、出きれば、評判のつわものと対戦する前には、今少し休む時間が欲しい。
 何しろ相手は、今日は誰とも戦っていないはずだ。
 そのくらい、我儘ではないと思うのだが。
「アリーナ姫、次の対戦に備えて持っている薬草を使いますか?」
 審判の兵士が尋ねてきた。試合の度に尋ねられ、勢いを止めたくないと使わずに来たが今回はさすがにアリーナは頷いた。アリーナはクリフトが用意してくれた薬草を一つ使った。
 王は「アリーナ姫よよくぞ勝抜いた!さあ!これよりいよいよ決勝戦じゃ!デスピサロをこれへ!」と興奮のあまり上っ調子な声で言った。
 デスピサロね。どんな人かしら。
 アリーナは、かすむ目をあけ、何時も対戦相手の選手がやって来る控室の扉を見た。扉が開くが誰も来ない。ここではないのか。アリーナは周囲を見回した。コロシアム全体が、妙に白っぽく見える。景色が、遠ざかったり近付いたりする。現実感が危くなっている。ベロリンマンの奇妙な術のせいなのか、それとも、戦いの興奮のために、神経がまだ少し可笑しくなっているのかもしれない。
 手合せした相手は必ず殺してしまう。悪魔のように恐ろしいという相手が、今、ここにやって来るというのに、少しも恐怖らしいものを覚えていないのが、自分で不思議だった。
「?どうしたんだ?早くデスピサロを呼んでまいれ!」
 王が辺りを見回して、審判の兵士にさかんにせっついているのが、他人事のように耳に届く。兵士の1人が控室の扉に入ってデスピサロを探しに行った。
 たぶん、とアリーナは考えた。一刻も早く、モニカ姫に自由を返してあげたいんだわ。その気持ちは、わからないではないけど。
 隣国の娘が、どうなってもいい訳。
 アリーナは微笑み、顔をあげて、モニカの視線を捉え様とした。モニカは父王にしがみ付いて、何か懸命に訴えている。いくらじっと見詰ていても気付かない。
 アリーナは溜息をつき、肩の力を抜いた。
 ・・・・・・もう、どうにでもなれ、よ!
 ところが、本当にデスピサロは現れない。段々会場が騒めき始める。
 すると控室から兵士が走ってきて、アリーナのすぐ隣ではらはらと成行を見守っていた審判の兵士の耳に何かを囁いた。
 審判の兵士は驚き、「なに?」伝令がうなずくのを見ると、両手をあげ、王の、そして、みなの注目を集めた。
「おそれ乍ら、陛下。どこを探しても、デスピサロがおりません。影も形も」
「なに!?」
 王は戸惑い、周囲を見回した。
 いまやコロシアムはしぃんと静まり返り、王の決断を待った。
「うーむ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・わかった!いないものは仕方あるまい!」
 王は顎を撫で、にこりとして、大声を張り上げた。
「ならば、武術大会は、アリーナ姫の優勝じゃ!」
 勝利者を讃えるファンファーレをも掻き消すほどに、群衆のあげる喜びの声が、青い空をどよもした。
「アリーナ姫、優勝おめでとうございます!御無事で何よりで御座いました」
「姫様、やりましたな!・・・・・・儂は嬉しいっ!!」
 クリフトが、ブライが、まろビ乍ら駆けてきて、涙ながらに手を握る。
 アリーナと対戦した選手たちが陽気な笑いを浮かべてやって来て、ハンはアリーナのからだをひょいと担ぎ上げ、肩車に乗せて、ぐるりを練り歩いた。人々は先を争って手摺際に集まり、口々に祝いのことばを、感謝のことばを述べるのだった。
 手を振り、笑顔を作って、みなに答乍ら、アリーナは思っていた。
 デスピサロも、きっと私の強さに恐れをなして逃げ出したに決まってるわ。強いって聞いたけどただの臆病者じゃない。あーあ期待して損したわ。
 アリーナは武術大会に見事優勝した。そして・・・・・・。
「アリーナ姫よよくぞ優勝してくれた。心から礼を言うぞ!」
「私からも御礼を申し上げますわ。アリーナ姫さま。本当にありがとうございます」
「うむ!このことを知らせれば父上のサントハイム王もさぞかし喜ぶはず。一先ずは国に帰り元気な姿を見せてあげることじゃ」
 王宮の謁見の間に戻ると国王とモニカが改めて礼を言った。国王はアリーナたちに1度サントハイムに帰ることを提案した。確かに目的の1つは達成した。
「優勝うっれしいな。うふふ。お父様が知ったらどんな顔をするかしらね!」
 城の出入口に向いながらアリーナはウキウキし乍ら嬉しそうに言た。アリーナたちは城を出ると城下町に向った。
 ふと、アリーナは城下町に入ってすぐ気付いた。自身の優勝の熱狂的な騒ぎの片隅に、ふいに、そぐわない緊張が走っている。見る間に、1人の男が現れる。
 アリーナは「番兵じゃない!」と叫んだ。
 砂漠のバザーでサントハイム王の容体を伝えに来た兵士だった。故国の王宮兵士の1人は、酒にでも酔った様に真赤な顔をして、覚束無い足取りで槍を杖代わりに縋り乍ら進み出たかと思うと、バッタリと膝をついた。
 騒ぎに気付いて慌てて駆寄ろうとする人々を何とか手で掻き分け、「アリーナ姫様!すぐに、サントハイムの城にお戻り下さい!」番兵は懸命に顔をあげると、しゃがれた声で言った。
 アリーナは急いで、「ねえどうしたの?何かあったの!?」駆寄った。
 アリーナの腕の中で、「・・・・・・城が・・・・・・ぐ・・・・・・ぐふっ!」番兵は、ふっと力を失い、それ切り動かなくなった。
 クリフトが来て、番兵の脈を取り、眼球をのぞき込み・・・・・・首を振った。
「この方は、もう・・・・・・。しかしサントハイムで何が起きたというんでしょう」
 アリーナは「どういうこと!?またお父様に何かが!?いえそんなはずは。だって囀りの蜜でお声は治ったんだし・・・・・・」と顔を顰めた。

あとがき
エンドールの武術大会です。
武術大会の対戦相手で記憶に残るのはベロリンマン。
実はこの戦いで私、本物をはずしたことがあるのは1回だけです。
オリジナル版は親がプレイしていたのを横から見ていたんですが、このときは100発100中でした。
さすがにリメイク版は偶然かもしれないですけどね。
自分でもちょっと怖い。
次回、2章ラストです。
※次回は2月1日更新予定です。
更新遅れてますが。
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:ゲーム

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。