6 王者の剣(2) [DQ3-3]

6 王者の剣(2)



「父さん!」
 アルスは慌てて、焼焦げて血塗れのオルテガを、抱起し、「俺だよ!アルスだよっ!しっかりしてっ!」ハンカチで顔の血を綺麗に拭取った。
「まだ、息があるわ。オルテガさま!」
 ミゼラが、いった。
「誰か、そこにいるか・・・・・・?人が・・・・・・ここに」
 オルテガは、驚いて、薄らと目を開けていた。だが、その焦点が、定まっていなかった。こんなところに、自分以外の人物が、侵入できるとは思っていなかった。ましてやそれが、自分の息子だとは、夢にも思っていなかっただろう。ローザが、いった。
「気が付いたわ!」
「俺たちは、父さんのあとを追って、バラモスを倒しに、旅に出たんだ!バラモスは、俺たちが、滅ぼした。それで、バラモスたちがやってきた、ギアガの大穴を通って、この世界に来たんだ。ゾーマを、滅ぼすために。父さんが、ここにいるかもしれないって知って」
 アルスが、告げると、オルテガは、震える手を、必死に伸ばした。目をやられたのか、すでに目が見えない。アルスが、オルテガの手をとって、自分の顔に当ててやると、オルテガはアルスの顔の輪郭をなぞり、「俺、いや、わたしには、もう何も見えん・・・・・・何も聞こえん・・・・・・」やっとかすかにいった。
「父さん!俺が、わからない!?」
「わたしは、どうやら、これまでみたいだ。しかし、最期にこうして、人の手のなかで、死ねるだけでいい」
 思わず、アルスの目から、涙がこぼれた。今迄、1度も、傷付いて倒れたオルテガなんて、想像したことがなかった。そういう話を聞いても、すぐに復活するオルテガしか想像していなかった。物心ついたときから、いつも自信に溢れた、やさしいオルテガの顔を、ずっと思い浮べていた。そして、もし再会したら、思いっ切り抱きつきたいと、思っていた。鍛抜かれた、逞しいオルテガの肉体が、がっしりと、自分を受止めてくれると思っていた。
「これがあの、オルテガさま・・・・・・?」
 ミゼラもまた、同じような気持ちだった。孤児のミゼラにとって、憧れの存在だったオルテガは、第3の父のようなものでもあった。子供のとき神々しく見えた、あのオルテガの笑顔が、ミゼラにとっては、永遠のオルテガだったからだ。しかし、そんなオルテガが、今、目の前で力尽きようとしている。ゾーマの手下、キングヒドラに殺されて。
「もし、誰かいるんなら、どうか伝えてほしい。わたしの、最期の願いを、聞いてくれ。わたしは、アリアハンの、オルテガ。今、すべてを、思い出した。5か月前・・・・・・」
 どうやら、キングヒドラと戦っているうちに、失っていた記憶を、取り戻したようだ。オルテガは、苦しそうに喘ぎ乍ら、やっと聞える様な声で、いった。
「イシスの国境に近い、ネクロゴンド地方の火山で、さっきの魔物と、戦った。その最中、足を踏外して、火山の火口の、深い底に落ちた。だが、溶岩に落ちる直前、岩の間に、暗黒の闇の穴があって、幸運にもわたしはその闇のなかに吸込まれる様に落ちた。気が付いたら、この世界に、来ていた。そして、バラモスの背後に、ゾーマがいることを、知った。わたしは、この世界に来た時のショックで、名前以外の記憶を失っていたが・・・・・・」
 震える手で、アルスの手を探った。
 オルテガは、声を震わせながら、さらに語った。
「この世界の人たちの、恐怖や絶望、怒り、悲しみを見捨てられなかった。それでただ、ゾーマを滅ぼすという意志だけで、ここまで来たんだ」
 オルテガは、アルスの手を、やっとつかんだ。
 ミゼラたちと一緒だったからこそ、アルスはなんとかここまで来られた。だが、オルテガは殆たった一人で、ゾーマの城までやってきた。以前ランシールで、地球のへそにアルスは1人で入ったが、それだって孤独でつらい戦闘の旅だった。ほぼひとりで魔物と戦い乍ら孤独で過酷な旅を、アルスのものとはるかに越える期間ずっと続けていたのかと思うと、オルテガの旅には、想像を絶するものがあった。
 俺には、絶対できない。やっぱり父さんは、すごいや。
 アルスは、思った。
 旅の最中、オルテガは、自分と一緒に、バラモスを倒しに行く約束をした勇者サイモンのことを、ずっと気にかけていた。サイモンは、決して裏切ったのではないと、信じていた・・・・・・。オルテガは、それらを含めて思い出し、「サイモンは、約束の場所に現れなかったが、サイモンは、約束を簡単に破る人ではない。どうしようもない事情が、できたんだろう。旅は、苦難の連続だった。が、旅は、そればかりではなかった。色々な人と出会い、たくさんの人に、助けられた。だからこそ、ここまで来られた。かならず、ゾーマを倒してくれ。そうすれば、わたしも、報われる。サイモンも。旅で出会った、たくさんの人も。そして、アリアハンで待っている妻も。そなたよ・・・・・・」震える手で、アルスの手を握った。アルスが、オルテガの手を、しっかりと握り返すと、「このわたしを、乗越えて行くんだ。勇者オルテガを。勇気の力を、忘れずに」オルテガは、さらに苦しそうに喘ぎ、力を込めて、アルスの手を握り続けた。
「俺は、ここにいる!」
 アルスは、思わず言った。それは、殆、叫び声に近かった。
「もし、そなたが、アリアハンにいくことがあったなら・・・・・・その国に住むアルスをたずねオルテガがこういっていたと伝えてくれ。平和な世に出来なかったこの父を許してくれ・・・・・・母さんを、頼んだぞ・・・・・・とな・・・・・・ぐふっ!」
 オルテガは、2度とアリアハンに帰れないことを、知らなかった。ずっと、帰れると信じていたのだ。と、オルテガは、ゆっくりと目を閉じた。おだやかな、静かな顔が、かすかに微笑んで見えた。それが、勇者オルテガの最期だった。
「父さん!?」
 アルスが、慌ててオルテガを揺すり、「オルテガさまっ!?」ミゼラも、大声で叫んだ。
「しっかりして、父さん!!」
 アルスは、さらに激しく揺すった。だが、オルテガは、2度と応えなかった。すでに、息絶えていた。
「死んじゃいやだっ!!あえても、全然嬉しくない!目を開けてくれ!」
 アルスは強く、きつくオルテガを抱きしめて、大声で泣いた。とめどなく、涙が流れた。せっかく会えたのに、遠くへ逝ってしまった。しかも最期にあったのが、成長した自分の息子だと気が付かないまま。
「オルテガさまっ・・・・・・!!」
 ミゼラは、拳を強く握りしめると、「こんなことって・・・・・・なんて大切な人がっ!!」ゾーマやキングヒドラに対する怒りに、全身を震わせ乍ら激しく嗚咽した。その死と向き合うのには、まだ時間がかかりそうだ。
 そして、ローザとエルトもまた、怒りと悲しみに、涙を流した。
「アルス・・・・・・」
 特に、ローザの場合、アルスに片思いしていただけに、彼の父親の死に、興奮と闘志を感じていた。
 キングヒドラは、憎いモンスターなんだ!オルテガさんを殺した相手よ!
 ローザは、何度も強く、自分に、言聞かせた。
 神殿の建物に、打ち寄せる波の音が、一際大きく聞こえた。
 いつの間にか、この階層に、悲しい空気が、漂った・・・・・・。
 5分後、涙がおさまっても、アルスたちは、暫くその場に呆然としていたが、やがてアルスたちも気が落ち着いてきた。
 アルスは、徐にオルテガの頭をなでると、「父さん、行こう・・・・・・。この階の奥まで・・・・・・。一緒に・・・・・・」優しく語り掛け、オルテガを背負って、神殿のなかを進み始めた。
「行きたいんだ・・・・・・父さんと・・・・・・」
 そう呟き乍ら・・・・・・。
(続く)

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