2章ー4 旅の扉(2) [DQ4-1]

2章ー4 旅の扉(2)


 そこはフレノールで聞いた砂漠のバザーだった。砂漠の北の小さなオアシスに世界中の旅の行商人たちがやってきて集まり店を開いていた。会場にはテントや出店が幾つも立ち並び、世界中を旅している商人たちの自慢の品々が、所狭しと陳列していた。食べ物もアリーナたちが見たこともない料理がおいしそうに湯気を立てている。自然とアリーナたちの心は弾み、様々な店をまわってみた。アリーナは珍しい武器がないか探していたが、見たところいい買い物だったのはクリフトのホーリーランスとブライの毒蛾のナイフ、そして2人が買った鱗の盾ぐらいだった。そしてアリーナたちがバザーの中で1番大きなテントに入ろうとした時だった。
「!」
 テントの前のオアシスの方から、ひとり、見慣れたサントハイムの兵士の恰好をした丈高い男が現れ、赤い羽根飾りのついた騎馬隊の兜を胸に抱いて畏まった。
「あ!姫様、探しましたぞ!騎馬隊第五分隊の、小隊長めにございます。大臣閣下より御命を受け、早馬を飛ばして先回りをさせていただきました」
 ブライが頷くと、「うむ。御苦労」名乗った小隊長は、縮れた赤髭の口を開けて何か話そうとしたが。
 アリーナはハッとなって立止り、「先回りですって!さては・・・・・・待ち伏せね!!ブライ、あなた、やっぱり、私達にわざと遠回りをさせたわね!そうよ。最初からお父様としめし合せて、ここで私を捕まえるつもりだったんでしょっ!」じりじりとその場から離れようとした。
 ブライは「まぁ、最初は多少、そういう含みもありましたが」と鼻の横を掻いた。だが小隊長はぶんぶん首を横に振る。
「お怒りになられる前に、姫様。すぐに、お城にお戻りください!父王陛下が大変なんです!」
 小隊長は慌てた様子で、まくしたてて、アリーナたちに言った。
「もしや陛下の身に何かあったんではっ!?ここはいったんお城に戻るべきではないでしょうか?」
 クリフトが言った。
「これは。全くいかんですぞ。のんきに旅などしている場合では御座いません。おわかりでしょうな!」
 ブライもただならない様子に気付いて言った。ブライの言う通り最初はアリーナの旅はサントハイムの領土内という条件付きだった。領土内をほぼ一周したら城に連れ戻すという考えもあったが、今回の事は予想外だった。しかもどう考えても国王はアリーナを連れ戻すために芝居するような人物ではない。バザーで手に入れたキメラの翼でアリーナたちは一度城に戻った。すぐに謁見の間へ向かった。知らせを聞いて大臣や兵士長たちが待っていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 父王はすぐに姿を現したが、国王は何か言いたそうにアリーナたちを見ているだけだった。
「お父様は、どうして何も仰ってくれないの?何があったの?ねえ!」
 アリーナはしゃがんで父王の腕を揺すった。だが国王は何も答えなかった。
「陛下・・・・・・おいたわしや」
 クリフトはアリーナと国王の様子を見て呟いた。
「陛下の周り、まがまがしき気配が見えます。何者のしわざか。むう・・・・・・」
 ブライはそう言って口髭を捻った。兵士長の話によるとある日突然、父王の声が出なくなってしまったという。このことを知っているのは国王本人と大臣、兵士長と王家の寝室を守る兵士、小隊長とアリーナたちだけだという。アリーナたちは小隊長を派遣したらしい大臣に話を聞いた。
「おお、なんとしたことじゃ!お声が出なくなるとは!このこと城の他の者には知れんようにしたがこのままでは・・・・・・。おお、そうじゃ!裏庭の部屋に住むゴンじいなら何かわかるかも知れませんぞ!」
 大臣が思い付いたように言った。確かにバレるのは時間の問題だ。
「何とゴンじいが!うむ。やつならきっと何か知っているでしょう!」
 ブライが頷きながら言った。
「裏庭のゴンじい?私はお会いしたことは御座いませんが・・・・・・」
 クリフトはアリーナと共に首を傾げ乍ら言った。ゴンじいはかつて城に学者として仕えていた人物でブライとは旧知の仲だった。まだ若い2人が知らないのはアリーナが生まれる前に引退し現在は裏庭の番をし乍ら隠居生活を送っているからで滅多に城内にやって来ない。
「裏庭のゴンじいね。その人に会えばお父様の声もきっと治せるのね!さあ行きましょう!急いで!!」
 アリーナは声をあげた。あんなに煩わしく思っていた父王だが、アリーナにとってはたったひとりの親だ。アリーナたちはアリーナの部屋のまだ修理されていない壁から飛び降りると裏庭にまわった。アリーナたちはゴンじいに事情を話した。
「なんと陛下のお声が出なくなったので御座いますか!?おお!もうこの国も御しまいじゃ!・・・・・・・・・・・・・・・・・・。いや取り乱してご無礼仕りました。そう言えば詩人のマローニも昔のどを痛めたとか・・・・・・。しかし今はこの国いちばんの美しい声。何か知っているかもしれませんぞ」
 ゴンじいはさすがにびっくりしていたが、気を取り直して言った。マローニとはサランの街で有名な詩人だ。アリーナたちもサントハイムから旅だったばかりのころサランに行った時その美しい歌声を聞いていた。
「なるほど詩人なら喉の病気にも詳しいはず。サランへ行きましょう!」
「フム。ごく潰しの詩人もたまには役に立つと。マローニに会いにゆきますか」
「マローニってあのサランの街にいるマローニ?歌ばかり歌ってるあの人が何か知ってるとでもいうの?・・・・・・でも他に手がかりはないわね。行ってみましょう!」
 ブライがクリフトがアリーナが言った。今回初めて三人の意見が一致した。翌日の昼、アリーナたちはサランの街にやってきた。マローニはいつものように教会の二階の外で竪琴を手に歌を歌っていた。
「そうです。マローニは私です」
 マローニは名乗った。
「お主なぜそのような美しい声をしておる?」
 ブライが尋ねた。
「それは囀りの蜜というエルフの薬を飲んだためでしょう。その昔、旅をしている時たまたま砂漠のバザーの道具屋で見つけたんでございます。ララララ―」
 マローニはそう言うと自慢の歌声を披露した。これは驚き。なんと必要なものは昨日訪れたばかりの砂漠のバザーにあるかもしれない。
「エルフの薬。なるほどそれなら陛下の病気も!さあ行きましょう砂漠のバザーへ!」
「他にお父様を治す手がかりはないわ。囀りの蜜にかけてみましょう」
 クリフトとアリーナが言った。アリーナたちはサランの街でキメラの翼を手に入れると空に放り投げた。そして砂漠のバザーへ向かった。
「!」
 バザー会場で待機していた小隊長がアリーナたちに気が付いて走ってきた。
「あ!姫様!陛下はいかがでしたか?もう心配で・・・・・・」
 小隊長はそう言って心を痛めた。
「むむ・・・・・・。ここは黙っておきましょう」
「陛下のご病気についてはなるべく内密に。そうですよ!だって私達が直ぐに治してしまうんですから」
 ブライとクリフトが小声でアリーナに言った。アリーナは頷いた。
「囀りの蜜はどこ?早く手に入れてお城に戻らなくちゃ!」
 アリーナは言って辺りを見回した。そしてアリーナたちは道具屋を見付けたが道具屋の女主人は品物の品出しや会計に忙しく話を聞ける状態ではなかった。そこでアリーナたちは夜にバザーの店が閉まってから向かうことにした。女主人は他の商人たちと夜空を見上げながらそれぞれの故郷の話をしていた。アリーナたちは早速囀りの蜜について尋ねた。
「囀りの蜜?ああこの店にも昔1つだけあったっけ。エルフが来るという西の塔に行けば今も手に入るかもね。でも昔と違ってあの塔は魔物が住み始めたしやめたほうがいいと思うよ」
 女主人が答えた。どうやらこの道具屋ではもう取り扱っていないようだ。だが手に入る場所を聞くことができた。
「モンスターが何よ!そんなの私が怖がるとでも思ってるの!?行きましょう西の塔へ。そして囀りの蜜を手に入れるのよ!」
「フム。ここより西にある塔。そこに囀りの蜜があると。ならば決まっております。モンスターが出ようが塔にのぼり囀りの蜜をこの手に!」
 アリーナとブライが2人燃えている中。
「エルフが来る塔。さぞかし高い塔なんでしょうね。・・・・・・ぶるぶるっ」
 クリフトはひとり身震いしていた。アリーナたちは早速西の囀りの塔へ向かった。塔まで休む間もなく歩き続けたが意外と距離があり到着したのは翌日の昼だった。囀りの塔はサントハイム大陸の南西の半島に聳え立っていた。塔に入ると中にガラの悪そうな男がひとりうろついていた。
「たしかエルフが舞い降りるのはこの塔だと聞いてきたのに・・・・・・」
 男はそう言って考え込んだ。
「エルフを見付けてどうする気じゃ?」
「そいつぁ言えねえなぁ。へっへっへっ!」
 ブライが尋ねると男はいやな笑を浮かべながら出口の方に向った。
「随分、言葉遣いの荒い方でしたね」
 男の様子を見乍らクリフトが言った。塔の地下に行ってみるとかなりしっかりした作りの部屋に出た。ここなら体を休めることができそうだ。
「お疲れでしたら一休みされてはいかがですか?」
 クリフトの提案にアリーナもブライも賛成した。早く囀りの蜜を手に入れようと急いできてずっと休憩らしい休憩を取ってなかった。休憩した後、アリーナたちは塔をのぼり始めた。塔の中は迷路になっていて三階の床は崩れて大穴が開いている部分もあった。そして頂上の五階へ進んだ。
『!』
 アリーナたちの目の前にいた2人の人物達がシンクロして驚いた。そこは花畑になっていた。2人は何方もよく似た緑の髪型をしていた。だが肌が紫がかっていて耳の先が人間と違って尖っている。噂のエルフたちに違いない。
「キャ!あなた達、人間ね!リース!帰るわよ!」
「はい、ミ―スお姉さま!」
 エルフのひとりが言うとリースと呼ばれたエルフが答えた。2人は姉妹なのだろうか。エルフたちが慌てているとリースの懐から何かが落ちた。
「あっ、行けない!薬を落としちゃった!」
「いいわよそんなの!さっ早く!」
 リースは声を上げるがミ―スは構わずに行った。エルフの姉妹はそう言うと空に飛び去って行った。エルフの持つ特別な力でもあるのだろうか、呪文も使わず羽もないのに空高く飛んでいった。アリーナたちが話しかける間もなかった。アリーナはリースが何かを落とした場所に行き足許を調べた!なんと!囀りの蜜を見付けた!アリーナは囀りの蜜を手に入れた。囀りの蜜の入った瓶には鳥の形に飾られたフタが閉まっていた。
「やったわ!囀りの蜜を見付けたのね!さあ早くサントハイムへ戻りましょう!」
「やりましたな!このブライ信じておりましたぞ。さあ早く陛下の元へ!」
 囀りの蜜が何とか見つかってアリーナとブライは喜んでいた。
「これでやっと塔から降りられるんですね。よかった・・・・・・ブルブルッ」
 クリフトは別の意味で喜んでいた。実はクリフトは高所恐怖症だったのだ。アリーナたちは三階から地上へ飛び降りた。
「ルーラ!」
 ブライの小さい体にアリーナとクリフトが捕まって彼らはサントハイムまで飛行した。城に戻ると早速アリーナは父王に囀りの蜜を飲ませた。
「・・・・・・・・・・・・。ん?あー」
 囀りの蜜を飲んだ父王は自分の喉の変化に気付き声を出してみた。そして今度は大きく声を出した。
「!」
 父王は驚いた。ひょっとすると今まで以上に通りの良い声が出せるようになった気がした。
「おおっ!?声が出るぞ!治った!そうかお前達が・・・・・・。ともかく礼を言おう」
 父王は声が治ったことにまず喜んだ。そして旅を禁止していたアリーナがブライ達と囀りの蜜を手に入れて来た事を知った。
「我が娘アリーナよ。どうじゃ。旅は面白いか。達者であるか。怪我はしておらんか。腹はこわしてはいないか。寝る前には、ちゃんと亡き母に祈りを捧げておるか。連れの老人を、酷く困らせているんではないか?」
「・・・・・・こども扱いして・・・・・・」
 アリーナは見る見る真赤になった。
 と、「怒るでない。ブライは、あくまで、お前の味方だ。憎らしいことにな。わしは、なんとしてもお前を城から出さんつもりだったが、魔法使いどのは、可愛い子には足袋を履かせろ、と言う」王の話は続いた。
 ブライは「ちょっと違う」と呟いた。
「天気と年寄りには逆らわんのがわしの信条じゃ。よって、わしはお前に言う。魔物の巣窟となっている囀りの塔へ行き、わしのために囀りの蜜を手に入れてきてくれたとするならば、お前も満更捨てたものではない。かのエンドールの国の武術大会に出場しても、これなら少なくとも祖国の恥さらしにはならんかもしれん」
「・・・・・・え・・・・・・じゃあ・・・・・・?」
 アリーナは吃驚したようにブライを見た。ブライは知らん顔で髭を捻った。エンドールで武術大会が開かれることを知ってから父王はアリーナが出場したいと言い出すのはわかっていた。最初は旅と同様、禁止しようと思っていたのだが。
「アリーナよ。我がいとし子よ。父が許す。行け。その代り、行くからには、必ず勝て!この先、弱音を吐いたり、そんじょそこらのへなちょこにやられたりしたならば、家には入れんぞ。わかったか、このじゃじゃ馬娘っ!」
 クリフトは息をつき、アリーナを見た。アリーナは眉をしかめ、唇をキッと結んで、足許の床を見詰ている。
「実はな、アリーナ、わしは此の頃、とてつもなく恐ろしい夢を見るんだ。巨大な怪物が地獄から蘇り、すべてを破壊していた。はじめはわしの胸にだけ、おさめておくつもりだったが・・・・・・あまりにも同じ夢を何度も見るんだ。知っての通り、わしにはいささか、予知の能力がある。何やら不安になっての。大臣に夢の話をしようとしたそのとたん声が出なくなったんじゃ。・・・・・・。この夢は、我が国に、いや、世界に、もしかすると何かただならん事柄が起きようとしている証拠かもしれんと思うんじゃ。いよいよ長き平和が破られ、戦乱の世が来るんかもしれん。・・・・・・だとすれば・・・・・・だからこそ、お前のような娘を、神が、この世に、つかわされたんであろうか。そう思い至って、父は決心した。アリーナよ。そなたにはわし譲りの、力がある。わしは、もう止めはせん。そなたには城は、サントハイムは狭すぎるんじゃろう。行くがよい。そして、その目を見張り、耳をすまし、世界の真実を見てまいれ。悪をくじき、弱気を助け、信じた道を進むんだ。他の大陸には、お前の思いもよらん困難が待受けておるだろう。だが、自分の力で切り拓いてこそ、人生ではないか!アリーナよ。強くなれ。誰よりも、雄々しく、逞しくなれ。世界が必要とするような人間になってくれ。其之為に邪魔になるなら、国など・・・・・・父など、これを限りに捨ててくれてもよいんだ」
 足許の床に、ぽつんと一つ、水滴が落ちた。アリーナは急いで、靴先でそれを踏み消した。
 クリフトも、話を聞いているうちに段々、涙ぐんできた。
「お前ならば、きっと、出きる。そんなお前の父であることを、わしは、誇りに思うぞ。お母さんも、きっと、空の上で、応援していてくれることだろう。だから、安心して行くがよい。遠くから、いつも、お前の幸福を祈っておるよ。頑張れ。ブライにクリフト。アリーナを頼んだぞよ!」
 ブライがゆっくりと、「・・・・・・陛下は。ここに兵を寄越して、姫様を無理やり連れ戻すことも、できたんですぞ?」言った。
 アリーナは光る目をあげ、「わかってる」微笑んで見せた。
 アリーナは喉を詰まらせ、「心配いらないわ。必ず、私は・・・・・・いや。・・・・・・ダメね。うまく言えない」頭を振った。
 クリフトは代りに「姫は・・・・・・行いを見ていて欲しいそうです。姫の為さること、為さらなかったことは、必ずや海を越えて、サントハイムの陛下の耳にも届くでしょう」と言った。
「うん。そうね」
 アリーナは両拳を握りしめ、深々と息をついた。エンドールへ行くにはエンドールへの旅の扉を通らなければならない。アリーナは、顔をあげ、にっこりと微笑んで、言った。
「バザーで聞いた話じゃエンドールの武術大会は、もう二日後よ。私は行くわ。さぁ、旅の扉を、開けて!」
「陛下の命によりエンドールへの祠の通行許可を出しておきました。どうかお気を付けていかれますように」
 兵士長が言った。
「くれぐれも気を付けて旅を続けるんじゃぞ。わしは夢の事を考えることにしよう。恐ろしい夢を見た時、別の夢も見た気がするんだが、どうしても思い出せんのじゃ・・・・・・」
 父王はアリーナたちに言うと考え込んだ。
「ルーラ!」
 ブライは呪文を唱えた。アリーナたちは砂漠のバザーまで飛び、そこから東へ移動することにした。そんなある昼過ぎ、ついに海岸線が見えた。大地は緩やかに下降し、黒々と濡れた岩場となり、大小いくつもの干潟を成す磯になった。彼らは穏かな波が打ち寄せる際まで降りてみた。すべすべに磨かれたテーブル状の黒岩が、いくつもいくつも続いてくる。それは全体として、なかば水に没した巨大な亀の甲羅のように見えた。
 アリーナはブーツを脱いだ。歓びの声をあげながら、浅い水に踏込んだ。水ははじめ身を切るほどに冷たく感じられたが、暫くすると肌が慣れてきたので、心地好い温度になった。
 ブライとクリフトもやって来て、塩辛い水で手と顔の埃を荒い流し、久々にさっぱりした気分になった。それから彼らは、夢中になって、潮溜まりに囚われた小魚や蟹などを漁った。1分ばかりすると、踝までしかなかった潮が膝を濡らすほどまで満ちて来たので、急いで陸に戻った。焚火を燃やし、少し遅めの昼食で漁ったものを食べ乍ら見守るうちに、干潟は見る見る水に没し、やがて、ひたひたと静かに揺蕩う小波の底に隠されてしまった。
 一定の調子で揺れる煌きを見詰、寄せては返す波の音を聞いているうちに、アリーナは眠りに落ちた。太陽はじりじりと燃え、濡れた髪に塩の結晶を生じさせ、その頬を焦した。目覚めると、鼻の頭とまぶたがヒリヒリした。だが、彼女は自然な小麦色に灼けただけマシだっただろう。同じように無防備に眠ってしまったクリフトの顔は、痛そうな薔薇色に火照り、びっしりと雀斑を浮かせてしまったのだから。
 アリーナは「南って、あんまり好きじゃないかと思ったけど。けっこう面白いこともあるじゃない」と言った。
 ブライの地図を注意深く検討して、彼らは、さらに東に進路を取った。
 そして、その夕方頃、彼らは、祠に到着した。
 どんな高波も届かぬ丘の中腹に、祠はあった。
 黄味がかった石の壁が、陽光を受けてまばゆく輝いているのは、まるで野原に置き忘れた貴石のブローチのようで、遠くからもよく目立った。だが、近づいてみると、それは、いかにも長い風雨に耐えてきたらしく、彼方此方欠け落ち、摩り減った、飾り気のない小屋なのだった。
 ブライは感慨深げに祠を見た。
 クリフトが「旅の扉の原理というのは。われわれには理解できないんですよ。今の世の中の賢者や天才が何人かかっても、どうしても解けない不思議なんですよねぇ」と言った。
 アリーナは「変なの。昔のひとは知ってたんでしょ。なんで、もう1回同じものが発見出来ないのよ?」と首を捻った。
 と、「私がかつて読んだ書物によれば。かの人々は、われわれには既に失われてしまった神秘力を持っていた可能性が高いようです。つまり、人類というものは・・・・・・生物はすべてそうですが・・・・・・いつも進歩するとは限らないんですよ、アリーナ姫。過去が今よりも価値がないとか、未来が今より進んでいるはずだというのは、一種の偏見なんです」クリフト。
「じゃあ、人間は、また、今よりももっと、悪くなっちゃうかもしれないの?」
「悪くというか。ダメにというか。十分あり得ますね、理論上は」
「ふうん。なんだか、怖い話ね」
 ブライが杖の先で2度、扉を叩くと、扉は内側から開けられた。
「ここはエンドールに通じる旅の祠。ようこそ、アリーナ姫様。それに、おつきのみな様。そろそろおいでのころだと思っておりました」
 愛想のいい笑顔で、彼らを出迎えてくれたのは、緑の兜をかぶった小柄な兵士である。
 その胸当も、みなキラキラと緑色の光沢を放っている。美しいが、あまり頑丈ではなさそうだ。腰の槍も、なんだか実用的には見えない。あるいは、彼は、古の文明に対する敬意のために武装した、儀仗兵のようなものなのか。
 歓迎の茶を飲み乍ら、アリーナが思わずそう問いかけると、兵士は笑って首を振った。
「確かに多分に装飾的ですが、これらは見かけより、ずっと役に立つのです。例えばこの鎧は、軽く、品矢かで、衝撃にも強いんです。実は、それ以上の力を持っているともいわれています。旅の扉を作ったのと同じ、古の謎の賢者たちの遺産のひとつなのです」
 アリーナは「それもなの」とため息をついた。
「はい。このあたり一帯からエンドールにかけては、太古の文明の名残が、まだ少々保存されております。私は、これらの力を最大限に引出すような、特殊な戦い方の訓練を受けています。古の昔から、伝わった戦術です。旅の扉はあまりにも貴重であり、一つの国に属するは危険です。万一にも破壊されるようなことがあってはなりませんから・・・・・・私は、中立であり、しかも最強であるべく務めているのです」
 男の静かなことばの底に、弛まぬ自信がのぞいた。たったひとりで、このような辺境に住、貴重な遺跡の守りに立っているのだから、さぞかし腕の立つ者なのだろう。
 アリーナは「それは是非見たいわね。どんな戦法なの?ちょっとやって見せてくれない」とキラキラと瞳を輝かせた。
「お言葉乍ら、姫様。戦法のすべてを秘密にすることが、既に戦法の一つなのでございます」
「けちぃ」
「これ。番兵どのを困らせるものではありませんぞ」
 兵は「いやはや。なるほど、姫様はほんとうに、力強いおかただ。女性でありながら、戦いごとに多大な関心をお持ちなんですね」と笑った。
「なるほど、ですって?」
 アリーナが眉をひそめると、番兵が言った。
「エンドールの武術大会に出場されるそうですね。陛下の使いの者よりお話は聞いております。さあお通り下さい」
(続く)

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